神経救急から難病まで
脳神経疾患の克服を目指して
滋賀医科大学 内科学講座脳神経内科 教授の漆谷と申します。講座を代表してご挨拶をさせていただきます。内科学講座脳神経内科は本学において、2016年7月に発足しました。「脳のエキスパートで有り、同時に脳を通して全身を診る総合診療医」の育成と、地域医療への貢献を目指し日々診療に務めて参りました。この間に、脳神経内科専門医、認知症専門医、脳卒中専門医、脳神経血管内治療学会、臨床神経生理学会専門医(末梢筋電分野、てんかん)、てんかん専門医、神経病理認定医と多くの専門医・認定医が誕生しました。地域診療においては、着任以来、神経難病・脳卒中・認知症を3大重点領域に掲げて参りましたが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)やアルツハイマー型認知症など、難病の治験や独自のリハビリテーションを実施し、県内外から診断・治療困難例のご紹介をいただく難病診療施設に成長し、平成31年には滋賀県難病医療連携協議会の連携拠点病院にも指定されました。脳卒中診療では脳神経外科と共同で、超急性期の血栓溶解療法(tPA)やカテーテルによる血栓回収術、さらに連携病院とのDrip&Shippingを積極的に進め、2021年度には脳卒中ケアユニット(SCU)も開設されました。そして、滋賀医大脳神経内科の医局から地域病院への常勤・非常勤医師派遣により、神経疾患の初療から診断、治療方針の決定、地域での治療継続とかかりつけ医の管理、という地域医療ネットワークの流れも順調に形作られているように思います。医局員も順調に増えておりますが、脳神経内科医のニーズは高く、まだまだ足りないというのが実情です。
脳神経内科といえば従来は「難病科」としてのイメージが定着していましたが、近年脳梗塞、神経免疫疾患、パーキンソン病、てんかんなどに対して新たな治療法や薬剤が次々と導入され、神経免疫疾患の免疫介入製剤や神経変性疾患に対する核酸療法などの病態修飾治療が従来の難病のイメージを変えようとしています。アルツハイマー病に対する抗アミロイド抗体治療が発症早期の症例では有効性と証明され、患者に届こうしています。脊髄小脳変性症やパーキンソン病に対する専門的なリハビリテーションは機能障害の自然史を緩やかにし、ALSの栄養療法や非侵襲的陽圧呼吸の早期介入といった非薬物治療は薬物治療に匹敵する有効性が証明され、治療チームの専門性が難病患者の予後に大きく影響する時代となりました。
研究面においては、ALSやアルツハイマー病の病態解明や治療法の開発を目指した基礎研究や、ALSの疫学やバイオマーカー探索、慢性炎症やエネルギー代謝異常のメカニズムについて臨床研究を通じて明らかにしようと努めています。これまでALSの異常蛋白質に対する抗体を用いた新たな治療法の開発や、細胞移植によるモデル動物の再生治療研究を進め、成果を上げています。
脳神経内科の診療対象は、急性期疾患から神経難病までをカバーする専門的な知識と経験が、さらに合併症管理には一般内科としての技量も必要です。さらに精神科や整形外科の素養を有する脳神経内科医も少なくありません。超高齢化社会を迎えた現在、脳神経内科専門医の需要はこれまでになく高まっています。滋賀医大脳神経内科は「地域医療を維持する責任」と「大学ならではの世界レベルの脳神経内科診療と研究の両立」の実践をモットーに日々、診療、研究、教育に邁進しています。そして高度な診断スキルと最新の治療を駆使し、患者と家族に寄り添う診療を常に心がけています。脳のダイナミズムへの興味、神経疾患を克服したいという純粋な志を共有する同志が集うチームを築くべく努力する所存です。皆さまのご指導とご鞭撻を宜しくお願い申し上げます。
2023年4月吉日
滋賀医科大学 内科学講座 脳神経内科
教授 漆 谷 真
滋賀医科大学
医学部 医学科長
内科学講座 脳神経内科 教授
漆谷 真